ショぼいポップス、もしくは家内制帝国蓄音機商会??

 
 長らく、ポップスは企業によるただの製品/システムから買い与えられるもので、我々はそれをただ享受するだけでよかった。一方そのポップスに対抗するために用意された手段はロックやフォークソングを作り、自ら歌うことであった。
 
 
 だがここ最近、ポップスそのものを自ら獲得し手元に置いておこうという試みが生まれ始めている。その嚆矢の1つに2012年頃の”あたらしいシティポップ”と呼ばれた動きがあった。当初そこにはJ-POP的なサクセスを志向しない、生活に根ざしたポップス(それはレコードや中古楽器に囲まれた生活だが)という含意があったのだが、その後にやってきた人々によってそれは欺瞞に陥り、現在ではBPMの遅い日本語フォークロックを若者が歌う、という形式の呼称に落ち着いている。
 
 今回取り上げたいのはその後の話である。私はそれをショボいポップスと呼んでいる。あくまでロック側からの視点によってポップスをとらえていた前例に対し、インターネットの影響で音楽を始めた世代はギターミュージックに迂回することなく直接ポップスに接続しそれを手元のフリープラグインで再現する。表面のテクスチャーはまだまだ拙い・ショボいかもしれないが我々は持てる想像力で補完をして既存のポップミュージックと並列に聴くことができる。もしかしたらこのショボさ、自己主張の無さが脳の補完能力を啓発するのかもしれない。
 ポップスやシティポップという言葉の意味も変容している。同時期に発生した、佐藤あんこの"後追いGiRLPOP"、anóutaによる”トレンディ歌謡に抱かれて”、"lightmellowbu"など若い世代のリスナー達によって今までカタログ・データベース化されてこなかった90年代のポップスに別の光があてられた。
そこで取り上げられているCDバブル時代のクリエイターは、歌謡曲作詞家/作曲家産業システムと渋谷系ソングライターの狭間で今まで顧みられることはなかったが、たしかに存在し大量の仕事をさばいていた。玉石混淆のブックオフ280円棚の中のさらにCD1枚に1曲あるかないかのキラーチューンを探すゲームに参加すると思うが、90年代のCDバブルとショボいポップスのsoundcloud、そしておそらくレコード産業勃興期の大正時代は同じだ。
 
ここではその特徴とともに私が思うショボいポップスの代表例をいくつか紹介したい。
 
 
 
 
■ 離人症
 そのショボさから私小説フォークの類と混同されてしまうが、ショぼいポップスは作者と歌が完全に切り離されているため、頭の中で他の声に即変換することが可能。それがポップスの条件の1つだと思います。仮託=仮歌。もちろん次の2曲は本人歌唱が素敵で最高です。偶然にも冷蔵庫という言葉がただの記号として使われた2曲をメロディと歌詞に注目して聴いていただきたい。
 
1. mukuchi – 冷蔵庫
 
 mukuchiは兵庫県北部の日本海側沿岸にある漁村で1人音楽を作っている女性宅録ミュージシャン。
Teenage Engineering POシリーズ、KORG VOLCA-KEYSなどのガジェット系シンセを駆使して作られたこのトラックの隙間から普遍的なポップスが立ち上がるのが見えませんか。毎回1小節だけ挿入される聞き慣れない転調にも驚かされる。
 
 
2. NNMIE – 風は吹いていた方がいい
 
 NNMIEは山形出身のミュージシャン。2011年からインターネット上に曲をアップし始め、彼の影響で音楽を始めたと公言するショボいポップスクリエイターも多い。2017年に入ってから東京でもライブ活動を始めている。この男女のユニゾンで歌われるメロディは2018年耳にしたもので最も美しいものの1つだった。
 
 
■構造の把握
 今まではただ流れてしまうに任せていた構造を把握することによってポップスを手元に取り戻す試みの3曲です。
 
3. ゆめであいましょう - odayakani hisoyakani
 
 ゆめであいましょうは5人のバンド編成では日本のフォークやサイケの影響を感じさせる演奏をするが、この打ち込み80年代歌謡の路線は現世を生きている人とは思えない歌詞とメロディだ。完全に構造を把握して作曲しているのがうかがえる。中心人物の宮嶋さんはヤマハポプコンに出場するのが目標と言っていたがやはり現世を生きているとは思えない。女性ボーカルのJ-POP的な上昇志向とは無縁の真っ直ぐな歌声(これもJ-POP的な声の評価で使い古されている表現だがまさに)も本当に素晴らしい。2019年はこの打ち込み80s路線の音源を作るらしいので期待です。
 
4. どろうみ  - 花よ花よ
 
 どろうみは日本のオルタナティブフォークの伝統を受け継ぐユニットで、現在はボーカル・ギター・チェロ・アコーディオンの4人で活動している。この曲は天童よしみに歌わせるつもりで作ったとコメント欄にあるように演歌の構造を手元にトレースすることに成功している。関係ないが先日浅草の宮田レコード(演歌の営業・インストアライブでも有名な老舗レコード屋)に久しぶりに立ち寄った際、店内を見回してもまだ新譜を7インチで出すという文化は演歌界には届いていないことがわかった。インディー演歌という理論上は存在するジャンルのこの曲をレコードにしてどろうみのポスターと一緒に店頭に並べることは可能だろうか?
 
5. onett - 干されてもいい
 
 onettは埼玉の宅録ミュージシャン。この曲はバンドの代表曲ではないかもしれないが筆者の心に刺さり2018年の前半によく家で口ずさんでいました。エルヴィスコステロ、そして"日本のエルヴィスコステロ"の構造を譜割りから音色まで抽出することによって明らかにし、そこに平易な歌詞が載る(いきなり拙者という言葉が飛び込んでくると驚いてしまいますね)。この曲から、ポップスの構造把握には移入とは別にまだまだ可能性があると気づかされました。
 
 
■近過去
 ショボいポップスという概念の形成を準備したかもしれない、少し前の3曲です。
 
6. アフリカレーヨン – 上海で逢いましょう
 
 アフリカレーヨンはボーカルを担当するmimippiiiと作曲を手がけるmikkatororoのユニット。現在は活動を休止している。
ボーカルのmimippiiiも80年代初期グループアイドルを彷彿とさせるような曲を作る優れたソングライターだが彼女の楽曲は現在全て非公開になっている。(この精神的な脆弱性もショボいポップスシーンの作家に共通するもので、この記事をきっかけに曲が消されてしまうかもしれないのですぐ聴くように!) mikkatororoが作詞作曲を手がけたこの曲はアフリカレーヨンが残した全6曲の中の最高傑作で、このまま他のシンガーが歌ってヒットになってしまってもおかしくないくらいのクオリティだ。活動再開としかるべき形でのリリースを期待したい。
 
 
7. Maho Littlebear – リスボンの夏
 
 シンガー・トラックメイカーのMaho Littlebearは現在は京都からドイツ・フランクフルトに拠点を移して活動中。硬質なビートに自身のボーカルが乗るトラックが多数soundcloudに公開されているが、3年前のこの曲は趣を異にしている。これは未だ行ったことのないリスボンへの郷愁を歌ったもので、ここで発せられるカリプソのパルスからは80年代後半のワールドミュージックブーム(トレンディエスノ by anòuta)を取り入れた日本のポップス(早瀬優香子、ANNA BANANA、戸川京子、岩本千春の91年コンピレーション”World Beat Beauty”が有名)が偶然か聴こえてこないだろうか。
 
 
8. にゃにゃんがプー  - おねむのくに
 
 モバイル版GarageBandで制作したオケにチャイルディッシュなボーカルを載せるスタイルで"ニュー餅太郎(2015)"という名曲とともに世に登場したにゃにゃんがプー。その音色から日本のニューウェーブテクノポップの文脈で語られることが多いが、昨年出たこの曲のイントロや間奏への転調、その間奏でのプラグインシンセのみながら音色を使い分け交わされるインタープレイを改めて聴くとlate 80s歌謡を現代にトレースした最良の曲の1つだという確信をもった。2019年アルバムが出るらしいので期待したい。
 
 
■そして未来へ
ポップスが手元にもどってきた状況を乱反射する新しいアクトを2組紹介する。
 
9. mori_de_kurasu – MIMOCA
 
 “森で暮らす”はジャズスタンダードを素材にしたサックスの多重録音やジャズクラブでの演奏にも取り組むアルトサックス奏者。この曲はシンセを使ったフュージョン調でここ数年のVaporwaveやフュージョン再評価の流れに沿ったものではあるがジャズプレイヤー側から出てきたのは悲願というかやっと来たか!と唸ってしまいました。ジャズ出身の人でこの価値観をsoundcloudでやる人が出て来てほしいと思っていた人も多いだろう。トラックはまだ荒く発展途中だがサックスの音色が良い!今後の活動にも注目です。
 
 
10. Utsuro Spark – シーサイド
 
 Utsuro SparkはPIPPI・コロッケ・土萠めざめの3人によるユニット。今年各所で話題になったネットレーベルLocal Visionsから出たEPは私の年間ベストチャート1位でした。声・作曲・編曲全て素晴らしい。どの曲もアイデアがありながらオーセンティックな響きを持っているがこの曲だけ一聴しても異様で、様々なポップスの記憶に引っ張られそうになりながらもそれを裏切り続けて進むコード進行が素晴らしい。PIPPI氏は "最近もう「明日からアマチュアの曲しか聴けない」という制約を受けても余裕だと思えるな。音楽が商業化して大資本が管理してた時代が一段落して個人個人のもとに戻ってきたように思える"とツイートしていたがショボいポップスの思想も同じことです。
 
 
11. feather shuttles forever - 提案 (feat. Tenma Tenma, kyooo, hikaru yamada, 入江陽, SNJO, 西海マリ)
 
 feather shuttles forever はhikaru yamadaと西海マリによるユニット。この曲は関西を代表する90年代シティポップディガーのinudogmask aka.台車によるmix(https://soundcloud.com/inudogmask/inudogmask)にインスパイアされて書きました。多数のゲストを迎えたショボいポップス界のチャリティーソング。2人でメロディを書き分けているので一度もループしないのが特徴です。2019年にアルバムを出します。
 
 
 
 
 
この他にも自薦・他薦に関わらずこれこそショボいポップスだと思うものがあったら連絡ください。ぜひ紹介させてもらいたいしリリースの手伝いなどもやります。
 
yakamoti_label@yahoo.co.jp